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高尾山のほど近く、東京都八王子市の高尾駅から10分ほどバスに揺られ、たどり着いた先に、その「秘密基地」はありました。取材場所に指定されたのは、自然に囲まれた住宅地の一角に立つ、倉庫風の建物。表札代わりに表示された小さなロゴマークを頼りに、チャイムを押すと……。

引き戸が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは3体のロボット型スーツ!

「真ん中のものが最新型の『第五世代スケルトニクス』(写真上の青と白のボディ)です。高さは3メートル弱あります」

そう説明してくれたのは、外骨格型のロボット『スケルトニクス』を制作する、阿嘉倫大(あか ともひろ)さん。4年前に仲間とスケルトニクス株式会社を立ち上げ、代表取締役CEOを務めています。この建物は、オフィス兼工房だったのです。

こちらは第五世代の別モデル。未来感にあふれています。
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第四世代「スケルトニクス・プラクティス」(スケルトニクス株式会社HPより)
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―ロボットアニメの世界がそのまま出現したような、メカニックなスーツたち。
『スケルトニクス』とは、どのようなものなんですか?

「操縦者の腕や足の動きに同調して動き、自分が巨大ロボットになったような拡張感を得られるものなんです。仕組みに関していうと、指の部分以外はすべて人力で、モーターなどの動力を使っていません。だからこれを装着したからといって、何か重いものを持てたりとか、速く走れたりっていうものではありません。動作拡大型スーツとか搭乗型外骨格という名前で呼んでいます」

なんだかかっこいい言葉が並びますが、実際に動く姿も、やはりかっこいいのです。その様子を下の動画でどうぞ。スケルトニクスの迫力に、出くわした女の子も思わず……

MechanicalSuit Skeletonics from Skeletonics on Vimeo.

屈辱のガッツポーズを経て、つかんだ優勝

阿嘉さんは中学卒業後、5年制の沖縄工業高等専門学校に進学します。そして、高専時代に出場したある大会での経験が、スケルトニクスの開発につながっていきました。

「『アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(高専ロボコン)』っていうのがあるんですね。NHKらが毎年開くロボット大会です。それに出場するためのロボットを作るロボット製作委員会に入って、4年生までずっとロボコンにばかり取り組んでました。沖縄高専がロボコンの活動をしているのは知っていたので、あまり考えず、すっごいナチュラルな感じで入りましたね(笑)」

―沖縄高専はロボコンの有名校だったんですか?

「いいえ。僕が入学したとき、沖縄高専は創立2年目でした。歴史がある学校と比べると、ハンデを感じましたね。毎年大会のルールが変わっても、引き続き使える技術っていうのはあって、例えば回路やモーターを回す技術は、次の年にも使える可能性が極めて大きい。そういうのをゼロから作ろうとすると、すごい負担になっちゃうんです」

―ほかの参加校からも、あまりライバル視されていなかった?

「歴史がある学校は、僕らのことを絶対下に見ていましたね。トーナメントの対戦相手を決めるくじ引きが、確か最初にあるんです。相手校は、沖縄高専との対戦が決まった瞬間にガッツポーズしていたと、抽選会に参加した仲間から聞きました」

案の定と言っていいのか、阿嘉さんが初めて参加した2005年は地区大会の初戦で敗退。スタートゾーンから出られず、起動すらできなかったと苦笑いします。しかし、快進撃はここから。2回目の大会で手ごたえをつかむと、なんと4回目の出場で全国優勝を果たすのです。

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「優勝至上主義」のもと、マネジメント

「プロジェクトを始めるときって、初めに目標というか、どういう風にみんな頑張りましょうっていうのをきっと設定するんですよ。多分運動系の部活も同じで、全国大会優勝するぞ、なのか、運動が好きだからみんなで集まって遊ぼうよ、なのか。ロボコンもそう。優勝のほかに、大賞っていうのもあるんです。審査員が決めるもので、最も栄誉がある賞と言われています。でも僕らは『優勝至上主義』の方針で行くことにしました。優勝こそが最も価値があるっていう意志統制をしたんです」

―統制をすることで、なにが変わりますか?

「そうなると技術力の勝負じゃなく、プロジェクトマネジメントの勝負になってきます。決められたリソースと期間のなかで、最も高い成果を出すために動く。全国優勝した4年生のころ、本当に徹底的にやっていました。ここのパーツは不備があるけど、何試合かはもつね。じゃあ、改良することもできるけど、それをやっていたら時間がないから、予備パーツを大量に作って交換していこうっていう戦略をとりました。そんな取捨選択をひたすらして、ヒドイ感じでしたね(笑)。

価値観がみんなで統一されてたら、改良なんてしていられないんですよ。それよりも練習に時間をかけた方が成績が上がりそうなら、そうするでしょって自然になっていくんです」

―阿嘉さんはチームの中で具体的に、なにを担当したんですか?

「チームには、学校側と交渉する部長、プロジェクトマネジメントをするリーダーがいて、その下に開発者がいます。開発の領域としては、機構や回路、プログラミング。大会のテーマは毎年変わるんですが、その年のお題は『歩行』で、僕は二足歩行の機構の担当をしていました」

このとき二足歩行に採用した、リンク機構と呼ばれる棒と関節で動く仕組みが、スケルトニクスの基礎になりました。

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“毎日がつまらない” 手紙から誕生したスケルトニクス

地区大会初戦敗退から、全国優勝へ。まさに絵に描いたようなサクセスストーリーですが、
毎日ロボコンのことだけを考えていた生活から抜け出したとき、阿嘉さんの心に虚無感が生まれます。

「5年生になると研究室への配属があるので、ロボコンは卒業。1年間はだらだらしてました。進路を決めなきゃいけないんですけど、僕は決めきれずにいて。研究生ってかたちでもう1年籍を置きつつ、面白そうかなと東京の大学の編入試験を受けました。夏には合格通知をもらって、入学までに時間あるなぁと。そこで、高専の院みたいなところに進学していたロボコン時代の部長とリーダーに手紙を書きました」

“毎日がつまらない。一緒になんかやりたいけど、何をやりたいかは分からない”と。

「3人でスケルトニクスを作ることになるんですが、最初はモノづくりに絞っていませんでした。例えば一山当てられるビジネスチックなことができないかなぁって。

でも大失敗だったから、あんまり思い出したくないんですよ(笑)。

宝探しゲームみたいなものを、リアルワールドでできないかなぁって。なにかムーブメントを起こすことができたら面白いんじゃないかと。ビラを作って配ったんですが反応が悪くて。こんなんじゃ全然だめだ!といろいろ悟って、3人で肩を落として帰りました」

やっぱりモノづくりがしたいと、スケルトニクスの開発に取り組みはじめます。

スケルトニクス・初号機skeletonics_no01_01

「どの段階で思いついたかは忘れたんですけど、僕が提案しました。ロボコンで取り組んだリンク機構を人体に使ったら、巨大ロボットを作れるはず。なにより楽しそうだし、やってみようよと」

ロボコン時代と同じく、ゴールを設定して動きます。最終目標は完成作品を動画で投稿すること。阿嘉さんが卒業するまでの半年で完成させることも条件でした。

「ニコニコ動画に上げたら、すごい反響でした。そこで実際終わったはずだったんですよ。でももっと作りたくなったんです」

その後、再結成を果たして起業することに。

ハッシュタグ「#石油王に巨大ロボットを売った」

「スケルトニクスを売り出す市場には、エンターテインメントを選びました。今はイベントへのレンタルや法人向けの販売、映像作品への協力をしています」

img_2797 オーストリア・リンツでのイベントにも参加 第二世代「スケルトニクス・リメイク」

―「#石油王に巨大ロボットを売った」のハッシュタグでツイートしたことがありましたね。

「ドバイ首長国連邦から政府サミットの展示用にスケルトニクスが欲しいと依頼されて、2015年に販売しました。ドバイって、実は石油は出ないらしいんですけど(笑)。最初メールが届いて、そのあと実際に関係者が来ました。すごいピカピカの黒い車がやってきて、外国人が3人くらい降りてきて、うんうん、これを1体くれ。白色のモデルにしてくれと。向こうでは白が縁起のいい色らしいですね。確かそんな感じです。なんだかギャグみたいでしたね。

僕らが販売ルートを探っている駆け出しのころの話ですが、何か面白いものを作って石油王に売りつけて、一山当てようっていうジョークのような考え方が、ごく一部のものづくりやロボットのベンチャー企業なんかの間でまことしやかにささやかれていたんです。その名も『石油王一本釣りビジネスモデル』。それを本当にやったぞ、みたいな」

ドバイの首相オフィスに飾られた第五世代
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どうしようもないくらい好きなこと見つけて

「モノづくりに関われる大学に行きたいとか、将来そういう仕事に就きたいんですって相談されることがあるんですよ。じゃあ今なにつくってるの?って聞くと、特になにもって答える人が多い。モノづくりしたいんだったら、なんでもいいからするべきなんです。

やったことないんだったら、そもそもノウハウの話以前なんで、やりたいと思ったらやらなきゃダメ。ある程度、作ってうまくいかなくてというのを繰り返したら、ノウハウとの付き合い方も分かるようになってきます」

―阿嘉さんのモノづくりへの動機はどこにあるんでしょう。

「どうしようもないほど好きなことが、僕にとってはモノづくりだったんです。スケルトニクスは鮮やかな側面ばかりが露出しやすいですけど、すごい大変なことも多かった。口座残高がぐんぐん減って、ああ、なんとか今回は生き延びたな、みたいなことも。でも好きなことなら、細かいことはどうでもいいと思うようになるんですよ」

―今の中高生に、アドバイスはありますか?

「自分が本当に好きなことを見つけてほしい。モノづくりでなくても。色んな機会があるんです。インターンシップでいろんな企業を見てみるとか。本当に自分が人生を賭けられるものを見つけてほしいなと思います。そのためにはいろいろ挑戦しないといけないと思う」

―阿嘉さんも、まさに人生を賭けていますよね。

「賭けてますよ、そりゃ。夢だけでまわっている会社なんで!」

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阿嘉さんの使う工具はホームセンターで手に入るものばかり。特殊なものは使わず、専門的になりすぎないほうが効率的だとか。機構やパーツにおいても同じことがいえるそう。

中村 さやか

中村 さやか

フリーライター

東京在住。フリーペーパーや新聞の編集記者を経て、フリーライターに。歌舞伎など、和の文化を愛する根っからの文系なもので、ひそかに理系の人を尊敬しています。

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